「あまりにも可哀想」だった悲劇の決勝戦

2017年2月20日

春の選抜をNHKで観戦していると、試合と試合の合間に
過去の名勝負や名選手を振り返るという内容の、センバツ球春譜というコーナーがある。

毎年ずっとなのかは分からないけれど、このコーナーには
1989年のセンバツ61回大会の上宮と東邦の決勝戦が
「逃げていった初優勝」というタイトルでよく出てくる。
決勝戦としてあまりに劇的な幕切れだったのでファンには印象深い試合だ。

この試合をテレビで観ていた。
前回のブログで書いたように、上宮というチーム、そして高校野球を好きになって
1年くらいが経って見たのがこの試合だったことになる。
後にも先にも、贔屓のチームが負けて泣いたりしたのは人生であの一度だけだ。
悲しいというよりは悔しくて、布団にくるまって怒り叫んで泣いた。

今更ながら、どういう試合だったのかということを振り返ってみたい。

1989年の第61回大会のセンバツ 東邦と上宮の決勝戦
どちらも優勝が決まれば初優勝という顔合わせだった。
東邦には後に中日ドラゴンズへ入団したエースの山田喜久夫
上宮にはのちに読売ジャイアンツへ入団した大会NO1スラッガーの元木大介がいた。

試合は5回の表裏に1点を取り合い、そのまま試合は膠着し延長戦へ。
ヒットの数もここまで上宮が7本、東邦が8本とほぼ互角の戦いぶりだった。

10回の表には1死から2番の内藤が右前へヒット、3番小野寺は中飛
4番の元木が左前へのクリーンヒットで、2死ながらも1、2塁に走者を置き
勝ち越しの好機でまわった5番の岡田は、山田が投じた内角の直球を
強引に引っ張り、打球が3塁手のグラブを弾いてファールゾーンを転がる間に
2塁走者の内藤が生還し2-1と勝ち越しに成功した。

10回裏のマウンドには上宮のエース宮田。
初めての優勝がかかった最終回のマウンドにあがる2年生エースという立場からか
どことなく落ち着きなく見えた宮田は、先頭打者に死球を与えてしまったものの
犠打から一転強攻の打球が2塁の正面をつきダブルプレーという
結果的に東邦の不運に助けられる形となり、あと1アウトで優勝という状況が突然転がり込んできた。

一気に沸いた球場のムードと興奮気味に声をかけあっていた内野陣。
状況は圧倒的有利に変わったものの、テレビ画面には雰囲気に飲まれて感極まっている宮田がいた。
力のない直球、入らないストライク、ロジンバッグを何度も手にし、元木にうながされてやる深呼吸。
誰かの不安は誰かにとっての自信なのかもしれない。
甲子園の魔物が顔を覗かせた。

死球と内野安打で一打同点、1塁走者が帰れば逆転サヨナラという場面。
東邦アルプスからはチャンステーマの押せ押せ東邦の大コール。
宮田が投げた初球をバッターの原が打ち返し、詰まりながら飛んだ打球はセンターの前にポトリと落ちた。
センター小野寺の投げたボールはノーバウンドで捕手の塩路がキャッチをしたが、2塁走者の足が
一瞬先に本塁を触れた。
このとき打者走者の原は2塁まで走ろうとしたが、前にいた走者が2塁を越えたところで止まってしまった。

上宮の守備陣が冷静さを欠いていたというよりは
誰も抗えない運命が動きだす瞬間に見えた。

捕手の塩路は飛び出している走者をしっかり見ていた。1塁と2塁の間にいる走者を牽制しつつ
2塁と3塁の間で立ち往生している走者を挟殺に追い込むため、3塁手の種田へとボールを投げた。
それを見てあわてて2塁ベースへ帰塁しようとする走者に対して、種田が投げた2塁への送球は
滑り込む走者と重なるタイミングでショートバウンドする送球となってしまい、2塁手は後ろへ逸らしてしまった。
そのボールのカバーにはしっかりと右翼手が入っていたにもかかわらず、ボールはその手前で跳ね上がり
誰もいない外野の奥へ奥へと転がっていった。その広さが無情に思えた。
このときのMBSの水谷勝海さんのテレビ実況はいまも耳から離れない。

「ボールが遠い、逃げていく、ボールが逃げていく、ライトへ!」
「ランナーがホームへ向かう!サヨナラ!あまりにも可哀想!」

賛否があるとは思うが、目の前で起きている事象の説明としては
勝った東邦というより敗れた上宮が適切だと思った。

テレビ画面には、本塁の周りで飛び上がって喜んでいる東邦ナインと
歓喜に沸く東邦アルプス、そしてしゃがみ込んで呆然としている宮田と
土のグランドの上で突っ伏して泣いている元木の姿という明と暗が映っていた。
鬼の坂口と呼ばれた東邦の坂口監督も、チームの部長と手を取り合って涙を流していた。
そんな誰にとってもありえないようなことが甲子園で起きた。

冒頭にあるように、このときは布団にくるまって気が済むまで号泣した。
そんな後にも先にもない経験をさせてくれた思い出深い試合だ。

この試合を知っている人にとっては、さらに驚くような事実を最近になって知ることになり
それもまた運命としか思えないのですが、これについてはまたまたいつか書きたいと思います。

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Posted by kky100


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